――「どこで出会うか」が、「どう向き合うか」につながる
「障がい者雇用を進めるように」。そう上層部から指示されても、現場の人事担当者の方々からは、しばしばこんな声が聞かれます。 「そもそも、なぜ障がい者雇用が必要なのか?」 「法定雇用率や社会貢献と言われても、具体的なイメージが湧かない…」 実際、障がい者雇用支援の現場では、このような戸惑いから始まるケースが少なくありません。
「では、どうやって採用すればいいのだろう?」 「どこで、どのような人材と出会えるのか?」 「どんな仕事なら、安心して任せられるのだろう?」 ——そんな疑問が、現場から次々に出てくることでしょう。
さらに言えば、 「既存の職場にうまく馴染めるか?」 「配慮に手間がかかるのではないか?」 「既存社員との摩擦は起きないか?」 といった懸念も、正直なところ、少なくないのではないでしょうか。
これまでの採用感覚では難しいと感じるものの、特別なノウハウもない。 「何が分からないかすら分からない」状況で、漠然とした不安だけが先行してしまう。多くの企業が直面しているのは、「障がい者雇用への意欲はあるものの、具体的な進め方が見えない」という共通の課題と言えるでしょう。
ハローワーク? 就労支援? 人材紹介? それとも自社の採用サイト? 選択肢が多いほど、「結局、何が正解なんだろう?」と、一歩を踏み出せずにいるかもしれません。
しかし、この「採用チャネル選びの迷い」は、単なる効率やコストの問題に留まりません。 どのような人材と出会い、その出会いをどのように活かし、定着へと繋げていくのか。 この根本的な問いかけに対する企業の考え方が、採用の成功、そしてその後の組織への貢献に直結するからです。
求人を出しても応募が来ない。 採用しても定着しない。 もしそんな状況に直面しているのなら、それは「採用の目的や対象を、あらためて見直す時期」かもしれません。採用の入口を見直すことで、雇用後の受け入れ方や関わり方も、きっと自然と変わっていくはずです。
このコラムでは、障がい者雇用における各採用チャネルの特徴や、実際の現場の事例を紹介しながら、単なるチャネルの“比較”ではなく、「出会い」の質、そしてその先の定着に繋がるポイントに焦点を当てて考察します。
採用チャネルごとの特徴と留意点
ハローワーク:地域密着型の公共職業紹介機関
ハローワークは、国が運営する公共職業紹介サービスです。地域に住む多様な方々との出会いを可能にする、地域に密着した公共職業紹介機関と言えます。
- 特徴と強み:
- 障がい者雇用の専門窓口が設置されており、専門スタッフによる丁寧なサポートが受けられます。
- 職業評価(適性検査など)を通じて、求職者の「できること」「苦手なこと」を具体的に把握できます。
- ジョブコーチ支援の申請窓口でもあり、採用前後のきめ細やかな伴走支援も可能です。
- 求人掲載や紹介に費用がかからないため、特にコストを抑えたい中小企業や、初めて障がい者雇用に取り組む企業にとって大きなメリットとなるでしょう。
- トライアル雇用や助成金申請サポートなど、企業にとって手厚い支援制度も充実しています。
- 事例紹介:
- ある物流企業は、ハローワークと連携し、職場実習やトライアル雇用を積極的に導入しました。その結果、法定雇用率を大きく超える雇用を実現し、「ここでなら安心して長く働ける」職場環境を築いています。
- ある印刷会社では、ハローワークからの紹介で2週間の職場体験実習を受け入れました。この実習を通じて、求職者の真摯な業務姿勢と能力が企業側に伝わり、結果として正式雇用に繋がったケースです。短期間の実習が、求職者のポテンシャルを見極める上で有効だったと言えます。
- 留意事項:
- 「誰でも応募できる」性質上、職種とのミスマッチが生じることもあります。
- 就労訓練を経ていない求職者もいるため、企業側でのスキル・適性確認に加え、入社後の手厚い定着支援や合理的配慮の提供がより一層求められます。事前の情報収集と準備が非常に重要です。
- 求人票に掲載できる情報が限られるため、企業がどれだけ「本気度」や「想い」を伝えられるかが鍵となります。ハローワーク担当者との密な連携が重要です。
- その企業の「文化」や「空気感」を細かくすり合わせるには、時には何度も足を運び、担当者との対話に地道な努力が求められることもあります。
人材紹介会社:専門性とサポート
人材紹介会社を通じた採用は、仕事に対する意欲や基本的なスキル・マナーが整っている方と、効率的に出会える専門的なサービスです。
- 特徴と強み:
- キャリアアドバイザーによる丁寧なカウンセリングで、高いマッチング精度が期待できます。
- 障がい者雇用専門の紹介会社は、求人の切り出しから合理的配慮の設計まで、豊富なノウハウを蓄積しています。企業にとって心強い「パートナー」となり得ます。
- 入社後の定着支援や企業担当者へのサポートも充実している場合があります。
- 事例紹介:
- 職務経歴が浅く、自身の強みを認識していなかった方が、キャリアアドバイザーとの対話を通じて、「対人スキル」や「調整力」といった能力を見出され、未経験の営業事務職への就職を成功させた事例があります。
- ニッチなITシステムエンジニア職を希望する方が、エージェントの積極的な働きかけによって、希望通りの職種への就職を実現した例もあります。
- 大手企業でも、人材紹介を通じて障がい者雇用を推進し、多様な人材がその能力を最大限に発揮できる職場づくりを進めている事例は少なくありません。
- 留意事項:
- ハローワークと比較して、コスト(成果報酬型)がかかるのが一般的です。
- 紹介会社によって、障がい特性や支援体制への理解度にばらつきがあるため、自社に合う会社を見極めるための事前の情報収集が非常に重要です。
- 外部サービスへの依存度が高い場合、企業内部に障がい者雇用に関するノウハウが蓄積されにくい可能性があります。長期的な視点では、自社での知見蓄積も重要です。
- また、紹介会社が貴社の事業内容や企業文化、求める人材像をどこまで深く理解しているかを確認することも大切です。安心して任せるためには、事前の面談や実績の確認など、十分な情報収集を行いましょう。
- 人材紹介もハローワークと同様、必ずしも就労訓練を終えた方ばかりではありません。そのため、採用時にスキルや特性をしっかり見極めること、さらに、入社後も業務を通じて新たな特性や必要な配慮が見つかる場合があるため、柔軟に対応し、継続的な定着支援を行うことが重要ですし、最近では、企業側から支援機関との連携を求めるケースも増えています。
一般公募(自社サイト・求人媒体):企業から直接発信する情報
自社の採用サイトや求人媒体を使った募集は、**企業が直接、広く社会に自社の魅力や障がい者雇用への考え方を発信するチャンスです。**自社の言葉で企業文化や働き方を伝えられるため、互いの理解を深め、ミスマッチの少ない採用につながりやすいという特徴があります。
- 特徴と強み:
- 「多様な人材を歓迎します」という企業の姿勢が、応募者に安心感を与えます。
- 企業文化や働く環境を自社の言葉で伝えられるため、ミスマッチの少ない採用につながりやすいです。
- 成功の鍵:
- 企業の考え方や期待、どのような配慮が可能か、勤務環境はどうか…といった情報を具体的に、丁寧に伝えること。
- 応募者が応募を躊躇しないよう、障がい者雇用に関する具体的な疑問点(例:配慮の内容、業務内容の詳細、働く環境など)に対して、FAQ形式や問い合わせ窓口を設けるなど、丁寧な情報提供を行うこと。
- こうした姿勢が、応募者に「ここなら安心して働けそう」と感じさせる最大のポイントとなります。
- 留意事項:
- 求職者は情報をじっくり読み、不安が少ない企業に応募する傾向があります。情報が乏しいと、不安から応募をためらうことも多いのです。
- 面接時に障がい特性についてどこまで話すべきか迷ったり、配慮についての質問が少ないために希望を伝え切れないケースも考えられます。だからこそ、企業側からの積極的な情報発信が改めて重要になります。
就労支援機関との連携:専門サポートの活用
就労移行支援事業所や地域の支援センターは、企業と求職者の橋渡し役となる専門機関です。ここでは、障害者総合支援法のもと、一般就労を目指す障がい者に対して、仕事に必要なスキルの訓練や職場実習、就職活動のサポートを丁寧に行っています。
- 特徴と強み:
- 求職者が自分を理解するところから始まり、職業訓練や職場実習、そして就職後の定着支援まで、一貫した支援が受けられます。
- 「まずはお互いをよく知ることから始めたい」と考える企業にとっては、心強いパートナーです。
- 入社後も企業と障がい者の橋渡し役として、きめ細かいフォローが期待できます。
- 企業は基本的に費用負担なしで利用できます。
- 事例紹介:
- 精神障がいのある方が職場実習を経て就職したケースでは、ジョブコーチが定期的に職場を訪れ、無理なく業務に慣れて長期的に定着しました。
- 知的障がいのある方が支援機関でパソコンスキルを習得し、一般事務補助として採用された事例では、フォローを受けながら業務の幅を広げています。
- 発達障がいの方が専門的なプログラミングスキルを身につけ、インターンシップを経て正社員として活躍するケースもあります。
- 留意事項:
- 支援機関の質にばらつきがあるため、自社に合う機関の選定が重要となります。
- 近年は、質の高い人材は競争率が高く、支援機関を通しても必ずしも確保できるとは限らず、企業側も魅力的な求人や受け入れ体制で選ばれる必要があります。
- 複数の機関との連携には、初期的な時間と手間がかかることがあります。
支援学校:若年層の採用チャネル
特別支援学校や高等部などは、社会に出る前の若い障がい者と出会える重要な採用チャネルです。このルートは、長期的な視点で人材を育成し、企業への定着を図る上で有効です。
- 特徴と強み:
- 学校を通じた職場実習や進路担当教員との密な連携を通じて、将来を見据えた信頼関係を築くことが可能です。
- 単なる「採用」だけでなく、将来的に活躍する人材を共に育てるという、持続可能な関係構築につながります。
- 時間をかけて信頼を築くことが、結果として安定した戦力確保への近道になります。
- 学校が学生の特性や能力を把握しているため、採用後のミスマッチが少ない点が強みです。
- 事例紹介:
- 鳥取県の養護学校の事例では、最初は社会貢献のつもりで実習生を受け入れた企業が、知的障がい者への「勝手な思い込み」を覆され、正式雇用に繋がったケースがあります。この企業はその後も毎年2〜3名の実習生を受け入れ、知的障がい者の雇用を積極的に推進しています。
- 長年同じ特別支援学校と連携している企業では、学校側が業務内容や条件をあらかじめ把握しているため、ミスマッチが少なく採用決定率が高いというメリットを享受しています。
- 留意事項:
- 卒業後すぐに誰もが安定就労を目指せるとは限りません。
- 学校との信頼関係づくりや実習内容の調整には、時間と協力的な姿勢が求められます。
- 企業としては、「仕事を教える」だけでなく、「教育的支援」という広い視点での関わり方が必要になることもあります。
- これらの手間や時間は、若年層の人材をじっくりと育て、将来的に安定した戦力として迎えるための大切な投資です。目先の成果だけでなく、長い目で人との繋がりを育む視点が、この方法で雇用を成功させる鍵となるでしょう。
「出会い」の質を決めるもの~採用成功に不可欠な企業の軸~
ここまで、さまざまな採用チャネルについて見てきました。
どのルートを選ぶか——その手段はもちろん重要です。
一見すると、採用の効率やコストの問題にも見えるかもしれません。 しかし、それ以上に重要なのは、
「企業がどのような人材を迎え入れ、どのような関係を構築したいのか」という、
より本質的な問いかけが背景にあります。 採用チャネルの選択には、その企業の価値観や雇用に対する姿勢が明確に表れます。
- 「どのような目的で採用活動を行っているのか」
- 「信頼に基づいた、どのような協業関係を築いていきたいのか」
- 「どのような活躍を期待し、具体的なサポート体制で迎え入れるのか」 こうした企業の「考え方」や「根本的な軸」は、
言葉や態度を通じて応募者に伝わっていくものです。 だからこそ、本当に大切なのは、
ただ手段を「選ぶ」ことではなく、
それをどう「活かす」か——その姿勢にあります。 どのような採用チャネルを用いる場合でも、
「障がいのある方々と共に、この職場でどのような価値を創造していきたいか」
という揺るがない軸があるかどうか。 この軸が定まっていることで、採用における「出会い」の質は、格段に向上するはずです。
結びに:障がい者雇用を「未来への投資」と捉えるために
本コラムでは、障がい者雇用における「出会い」の重要性に焦点を当て、各採用チャネルの特徴と、企業が持つべき軸が果たす役割について解説しました。
障がい者雇用は、単に法的な義務を果たすだけでなく、企業が多様な人材と出会い、新たな価値を創造するための重要な機会です。一人ひとりの強みを活かし、誰もが活躍できる職場を築くことは、企業の競争力向上に直結する、実りある「未来への投資」となるでしょう。
このコラムが、貴社が障がい者雇用をさらに前進させるための具体的なヒントとなり、多様な人材とのより良い出会い、そしてその先の確かな定着につながることを願っています。