「最近、障害者雇用に取り組む企業が増えたな」と、お気づきの経営者の方も多いのではないでしょうか。法定雇用率の引き上げという制度的な動きはもちろん、もう一つ、大きな変化があると私は感じています。それが、在宅勤務の普及です。
これまで障害者雇用には、通勤の困難さや職場環境への適応といった「見えない壁」が多く存在しました。しかし、在宅勤務という選択肢が広がったことで、働く機会は大きく広がったと感じる方も少なくないはずです。私自身も、この変化には大きな期待を寄せています。
しかし、その一方で、ふとした違和感も覚えます。
- 「障害者雇用率は意識しているけれど、実際に職場に招き入れず、交流させないサテライト勤務にしている」
- 「清掃やスキャニングといった、他の社員とほとんど関わらない業務に限定してしまっている」
こうしたスタイルそのものが悪いということではありません。実際、それが本人にとって安心できる働き方になっているケースもあります。 でも、もしそれが「関わらなくてもいいから」「目立たない場所で」といった前提で選ばれているのだとしたら――本来の「共に働く」という関係性から、少し離れてしまってはいないでしょうか? 障害者雇用が、ただ数字を満たすだけのものになっていないか。そんな視点も、どこかに置いておく必要があるように感じています。
在宅勤務を「導入する」ことって、本当に簡単なのでしょうか? もしかしたら企業の「本音」の中には、
- 組織に一緒に入って働くより、距離を置いて
- それでも雇用率を達成できればそれでいい
という、少し割り切れない本音が隠れていることもあるのではないかと思っているのです。 今回は、この在宅勤務と障害者雇用にまつわる、企業と障害者双方の「本音」について、深く掘り下げて考えていきたいと思います。
在宅勤務のメリットと「働きやすさ」
まずは、在宅勤務が障害者雇用にもたらすメリットについて見ていきましょう。
企業側のメリット
- バリアフリー対応や専用設備にかかるコスト削減 → オフィス整備にかかる初期費用が抑えられます。
- 全国から人材確保が可能に → 通勤不要により、物理的制約がなくなります。
- 離職率の低下と定着率向上 → 安心して働き続けられる環境づくりが可能です。
- BCP(事業継続計画)対応にも有効 → 災害時にも業務が止まりにくい。
- 健康指標の改善 → 体調不良による欠勤(アブセンティーイズム)や、不調を抱えながら働く状態(プレゼンティーイズム)を、在宅勤務は緩和する可能性があります。 → 無理のない働き方が整えば、結果として生産性の向上や職場の活力維持にもつながります。
障害のある方にとってのメリット
- 通勤負担の軽減 → 満員電車、人混み、段差など物理的・心理的負荷が解消。
- 感覚過敏や対人関係困難への合理的配慮 → 自宅という安心できる環境で集中できる。
- 生活と仕事の両立がしやすい → 通院や療養と柔軟に両立可能。
- QOL(生活の質)の向上 → 通勤時間をリハビリや趣味に使える余裕が生まれます。
- 働きがいと定着の向上 → 「自分らしく働けている」という実感が、意欲や満足度を高めます。
このように、在宅勤務は企業と障害者、お互いに良い影響を与え合う関係性を築く可能性を秘めているのです。
在宅勤務の課題と企業・障害者双方の「本音」
一方、在宅勤務には、以下のような課題も浮かび上がってきます。
企業側の課題・本音
- 労務管理の難しさ → 在宅勤務では、進捗状況や体調の変化が把握しづらくなりがちです。 → その背景には、「ちゃんと働けているのか」という見えない不安が潜み、知らず知らず“監視”に傾いてしまう――そんな企業側の本音も、時に顔を覗かせます。
- コミュニケーションの減少 → 雑談・相談の機会が減り、チーム感が希薄に。
- 業績評価の困難 → 可視化しにくい貢献の評価方法が未整備。
- 情報セキュリティの不安 → 自宅環境での漏洩リスク。
- テレワークに適した業務の切り出しが難しい → 単純作業以外のマッチングが困難。
- 組織文化の変革の壁 → 「顔を合わせてこそ」「職場に来て働くのが当たり前」という価値観。
こうした背景から、企業の中には、障害者を組織の一員として迎え入れるのではなく、雇用率達成のためだけに、業務を切り離して在宅で雇用する傾向が見られることがあります。
障害者側の課題
- 孤立感の強さ → オフィスでの会話や雑談がなく、つながりを感じにくい。
- 意思疎通の難しさ → 非言語のニュアンスが伝わりにくい。
- ICTスキルのハードル → パソコン操作やツール利用に不安を感じるケースも。
- 契約不安やキャリア停滞 → テレワーク=補助的業務という固定観念から抜け出せない。
- サポート不足のリスク → 物理的距離があることで、支援も届きにくい。
また、企業の環境整備が進んでも、「それが当然」と受け取られた場合、双方のすれ違いが起きてしまうこともあります。
「分断」を超えて「つながる」ために:成功へのサポートと対策
この「見えない距離」が「分断」とならないために、企業が取るべきアクションとは?
コミュニケーションと労務管理の工夫
在宅勤務での課題を解決し、円滑な業務遂行と従業員の心身の健康を保つための取り組みです。
- 定期的なオンライン面談での顔合わせ・体調確認
- チャットツールの活用と、簡単な体調申告システムの導入
- 雑談の場づくりや、オンライン朝礼の導入
快適な作業環境と合理的配慮
障害のある方が自宅で安心して業務に取り組めるよう、個々のニーズに応じた環境整備や支援を行うことです。
- 自宅に合った椅子・机・照明などの調整支援
- 福祉機器の導入や、助成金制度の活用
- 業務マニュアルのオンライン化や見える化
外部支援機関の活用
自社だけでの対応が難しい場合に、専門的な知識やノウハウを持つ外部組織の力を借りることです。
- 障害者就業・生活支援センター
- ジョブコーチ
- 専門の転職・就労支援エージェント
- サテライトオフィス・農園型雇用など、個別支援を伴う選択肢の導入
組織内の理解促進と業務の「創出」
社内全体で障害者雇用への理解を深め、在宅勤務に適した業務を積極的に生み出していくための考え方と実践です。
- 管理職・社員向けの障害理解研修
- 「業務の切り出し」ではなく「業務の創出」への視点転換
- 定着支援とキャリア支援の両輪での体制づくり
「雇用」から「活躍」へ:未来へのパラダイムシフト、そして私の思い
法定雇用率の引き上げは、確かに雇用を考える「きっかけ」に過ぎません。しかし、その先に私たちが目指すべきは、単なる雇用数の達成ではなく、一人ひとりが「ここでなら能力を発揮できる」「貢献できる」と実感できる場の創出ではないでしょうか。
在宅勤務は、そのための強力な手段となり得ます。ただし、ツールはあくまで道具。本当に大切なのは、私たち企業や組織が、それをどう使い、どう向き合うか。その意識と姿勢にかかっていると、私は強く感じています。
- 「管理」から「支援」へ
- 「監視」から「信頼」へ
こうした意識の変化がなければ、誰もが本当の意味で能力を発揮し、安心して働ける職場は生まれません。
そして、障がいを持つ方が心から輝ける組織は、そこにいるすべての社員にとっても「優しい組織」になるはずです。一人ひとりが自身の強みや特性を活かし、最適な働き方を共に追求できる。そんな未来を目指していきたいと、私は願っています。
障害者雇用は「義務」から「戦略」へ。
在宅勤務の可能性を、組織の未来づくりにどう活かすか――。 その問いに、少しでもヒントを届けられたなら幸いです。