📌 こんな方におすすめの記事です
- 従業員のメンタル不調への対応に不安を感じている人事・労務担当者
- 部下の変化に気づいても、どう声をかければいいか迷っている管理職
- 休職制度や復職支援について正しい知識を身につけたい経営者・人事責任者
はじめに:その戸惑い、あなただけではありません
人事・労務担当者の皆さまへ
企業支援に携わる立場として、人事担当者の方々から「こんな時どう対応すればいいのか」という声をよく耳にします。
「最近、部下の様子がおかしいんです。もしかしてメンタル不調?でも、どう声をかければいいのかわからなくて…」
そんな相談を受けるたび、私も胸が痛くなります。きっと皆さまも似たような場面に直面したことがあるのではないでしょうか。
数字が教えてくれる、見過ごせない現実
「うちの会社はメンタル不調なんて大丈夫」!!と思っていませんか?
実は、数字では大丈夫ではない現実を教えてくれています。
厚生労働省の最新調査によると、メンタルヘルス不調による長期休職者を抱える事業所の割合は、令和2年の9.2%から令和5年には13.5%へと急増しています。
つまり、この数年間で約1.5倍に増加しているということです。
このように「うちは大丈夫」と他人事にするのではなく、もしもの時のための備えとして、「どう対応すればいいのか」を知っておくことが、担当者にとっても、従業員にとっても、そして会社にとっても大切なことだと思っています。
従業員の「いつもと違う」に気づけていますか?
普段から部下や同僚の変化に気づけているでしょうか?
朝の挨拶されたときの声のトーン。休憩中の仕草や過ごし方。会議中の発言の頻度や内容。そういった日常の中に、普段とは異なるメンタル不調のサインが隠れていることがあります。
- 遅刻や早退が増えてきた時
- 報告書の提出が期限に間に合わなくなった時
- 身だしなみが整っていない日が続いた時
- 同僚との雑談が減って、一人でいることが多くなった時
「最近疲れているのかな」「忙しいのかな」、なんとなく感じてはいるものの、声をかけることもなく、見過ごしていたことはありませんか?
『あの時、なんとなく感じた違和感をもっと大切にしていれば』と振り返る方もいらっしゃるかもしれませんが、どうかご自身を責めないでください。メンタル不調のサインは、なかなか気づきにくい上に、誰にでもある「疲れ」のサインと重なることも多いのです。
だからこそ、私たちは、普段の様子を注意深く観察し、小さな変化を見逃さない「習慣」を身につけることが大切になります。
【チェックポイント】
- 勤務態度:遅刻・早退の増加、期限遅れ、ミスの増加、集中力の低下
- 外見・表情:身だしなみの乱れ、表情が暗い、疲れた様子、体重の変化
- コミュニケーション:雑談の減少、発言の減少、イライラ、一人でいることが多い
その「優しい一声」が、救いのきっかけになる
では、従業員の「いつもと違う」に気づいた時、皆さまはどんな声をかければいいと思いますか?
「頑張れ」「気持ちの問題だよ」「みんな大変なんだから」
何気なくそんな言葉を言ってしまいがちですが、かえって相手を追い詰めてしまうことになりかねません。
声かけの土台は「Iメッセージ」で心からの関心を伝える
「それなら、なんて言えばいいの?」とフレーズを探す必要はありません。難しく考える必要はなく、大切なのは、普段、家族や友人に向ける優しさと同じ気持ちで接すること。そして、「私」がどう感じているかを伝えるIメッセージを使うことだと思っています。
Iメッセージは、「あなたのことを気にかけている」という姿勢を、誠実に伝えるための鍵になります。
形式的な声かけではなく、あなたの率直な気持ちを伝えてみましょう。
「〇〇さん、最近(具体的な事実:例:休憩中に一人でいることが多い)のを見て、私は少し心配になりました。体調はいかがですか?」
「報告書の提出(具体的な事実:例:期限が遅れがち)のことで、私はあなたの負担が増えているのではないかと気になっています。何か手伝えることはありませんか?」
「私はあなたのことを大切に思っています。もし気になることがあれば、いつでも声をかけてくださいね」
大切なのは、「私はあなたのことを心配している」という気持ちを素直に表現することです。その温かい関心が、きっと相手の心に届き、「話しても大丈夫だ」という安心感につながるはずです。
【声かけのポイント】Iメッセージで誠実に伝えるヒント
- Iメッセージ: 「〇〇を見て、私は~と感じました」と、自分の気持ちを主語にして伝える
- 事実ベース: 感情ではなく、「最近、会議での発言が減っている」など具体的な事実を伝える
- 温かい提案: 「何か手伝えることはありませんか?」「頼ってくださいね」と具体的なサポートを申し出る
- 避けたい言葉: 「頑張って」「気持ちの問題」「みんな大変だから」
- 基本姿勢: 心配の気持ちを「ありのまま」に表現する
Iメッセージを用いることで、「白々しい」という印象を避け、人間味のある誠実なコミュニケーションが可能になります。
安心して話せる「場」を作る
あなたの気持ちを届けた結果、「実は…」と相談を持ちかけられたら、それは皆さまを心から信頼してくれている証拠です。その信頼に応えるために、どんなことを心がければいいでしょうか?
まずは場所。誰にも聞かれない個室で、電話やメールに邪魔されない環境を作りましょう。
そして何より大切なのは、皆さまの「聞く姿勢」です。
最初から根掘り葉掘り聞く必要はありません。相手のペースに合わせて、「そうですね」「大変でしたね」と共感的な相槌を打ちながら、まずは話を聞くことから始めてみてください。
話を聞いているうちに、「解決策を教えてあげたい」という気持ちになるかもしれませんが、その場で解決しようと焦る必要は全くありません。あなたを選んでくれたという信頼に応え、まず話を「受け止める」ことに徹しましょう。
眠れているか、食欲はあるか、以前楽しんでいたことに興味を持てるか。仕事で困っていること、プライベートでの変化。そうした日常の変化に、そっと耳を傾けてみてください。
【面談環境のポイント】
- 場所:個室など、プライバシーが守られる場所
- 時間:電話やメールに中断されない環境
- 姿勢:相手のペースに合わせて「傾聴」に徹する(安易な助言は避ける)
- 確認事項:睡眠状況、食欲、興味関心、仕事の困りごと、プライベートの変化
一人で抱え込まないで
そして大切なことがもう一つ。それは「担当者である皆さまが一人で解決しようとしなくていい」ということです。
皆さまは専門家ではありません。問題を抱え込んだまま無理に対応を続けると、皆さま自身の心身の負担になってしまいます。
そのためにも、次のような状況が見られたら、専門家への連携を検討しましょう。
- 健康リスクの上昇ライン:月45時間を超える残業が続いている時。特に月80時間以上は、健康障害リスクが「高」になるとされる危険なラインです
- メンタル不調のサイン(勤務態度、外見、コミュニケーション)が3つ以上該当する時
- 2週間以上勤怠不良が続いている時
- 本人から「体調が悪い」「眠れない」などの訴えがある時
そんな時は、産業医の先生など、社内の専門家へ相談することを提案してみてください。
「一度、産業医の先生にご相談されてはいかがでしょうか?」
その提案も、責める調子ではなく、Iメッセージを使って「あなたの健康を心から心配している気持ち」を届けることが大切です。専門家のサポートにつなげることも、大切なケアの一つです。
【専門家連携の目安】
- 残業時間が月45時間を超えて継続している
- メンタル不調のサインが3つ以上該当
- 2週間以上の勤怠不良が継続
- 本人から体調不良の訴えがある
- 月80時間以上の残業(健康リスク「高」の目安)
- 職場トラブルやハラスメントの疑い
休職が必要になった時
従業員から医師の診断書が提出され、休職が必要と判断された場合、皆さまは会社として、どのように休職制度の詳細を伝え、本人をケアすべきか戸惑うかもしれません。
でも安心してください。休職は「逃げ」でも「負け」でもありません。休職は、会社として社員の健康を大切に考えているからこそ用意されている制度です。体調を回復し、また元気に働けるようになるための大切な時間なのです。
休職期間や給与の取扱い、傷病手当金制度について丁寧に説明する時も、「経済的な心配をしないで、しっかり治療に専念してください」そんな気持ちを込めて伝えてみてください。
傷病手当金は標準報酬月額の約3分の2が最長1年6ヶ月支給されます。申請に必要な書類や手続きについても、できる限りサポートしてあげてください。
【休職時の説明ポイント】
- 休職期間:就業規則に基づく期間と延長の可能性
- 給与:休職中の給与支給の有無、社会保険料の負担
- 傷病手当金:標準報酬月額の約3分の2、最長1年6ヶ月
- 基本メッセージ:「経済的な心配をせず、治療に専念を」
休職中の「ちょうどいい距離感」
休職に入られた方との連絡について、多くの人事担当者や管理職の皆さまが悩まれるのが、その「距離感」です。「連絡しすぎて治療の負担になるのでは」という心配と、「音信不通になって孤立させてしまうのでは」という不安。そのジレンマ、本当によくわかります。
特に気をつけたいのは、同僚からの個人的な連絡です。本人は社内の人間関係を気にしてしまい、かえって治療に集中できないという事態になりかねません。
だからこそ、休職の際に、以下の2点を本人と合意し、安心感を提供することが大切です。
- 連絡窓口の統一: 同僚からの連絡は原則控えてもらい、人事担当者か直属の上司のどちらか一人を窓口にすることを明確にしましょう
- 頻度と内容の合意: 本人の意向を尊重し、連絡頻度(例:最初の1ヶ月は2週に1回程度、その後は月1回程度)と、内容(体調確認や軽い近況報告)を決めます
大切なのは、「お疲れさまです、会社はあなたの健康を最優先に考えていますよ」「いつでも戻ってきてください」というメッセージを、ルールという形で優しく伝え続けることです。
【休職中の連絡ポイント】
- 窓口: 人事担当者か上司のいずれか一人に統一(同僚からの連絡は控える)
- 頻度: 1ヶ月目は2週に1回、その後は月1回程度(本人の意向を尊重)
- 内容: 体調への気遣い、職場の軽い近況、復職支援情報
- 基本姿勢: 「忘れていない」「いつでも戻って来て」のメッセージを伝える
希望の光が見えてきたら
そして復職の可能性が見えてきた時、ぜひお伝えしたいのが「リワーク(復職支援)」という選択肢です。
「リワークって何ですか?」そう思われる方も多いかもしれません。実は、リワークプログラムを利用された方の復職成功率は約70%、さらに3年後も働き続けている方が約70%というデータがあります。これに対し、リワークを利用せずに復職した場合の3年後継続率は20%未満なのです。
この違いは何でしょうか?それは、「また同じことを繰り返してしまうのでは」という不安を、「今度こそ安心して働き続けられる」という確信に変えていく力が、リワークプログラムにはあるからです。
【リワーク効果のデータ】
- リワーク利用者:復職成功率約70%、3年後継続率約70%
- リワーク非利用者:3年後継続率20%未満
- 効果の理由:再発防止策の習得、段階的な職場復帰準備
皆さまだからこそできること
ここまでお話ししてきた初期対応は、決して特別な技術ではありません。皆さまが普段、家族や友人と接している時の「気遣い」や「思いやり」と同じものです。
ただ一つ違うのは、「一人で抱え込まない」ということ。産業医や専門家と連携し、適切なタイミングで適切な支援につなげる。それこそが、人事担当者としての皆さまの大切な役割なのです。
きっといつか、その従業員の方が「あの時、◯◯さん(皆さま)が話を聞いてくれたから、今の自分がある」と振り返る日が来るでしょう。その時、皆さまも「この仕事をしていて良かった」と心から思えるはずです。
本コラムでは、従業員の小さな変化への気づき方から、休職が必要になった際の初期対応までをご紹介しました。
特に、休職後のスムーズな職場復帰に向けては、「リワーク(職場復帰支援プログラム)」の活用が非常に有効となります。
後編では、このリワーク(Re-work)とは何か、導入事例や復職支援の流れについて、さらに詳しく解説します。どうぞご期待ください。


